七夕ラプソディ顛末記

 千年に一度のウルトラセブンの日は勿論七夕でもあり、シリーズを良く知っている方にしてみればガバドンに会える日でもあった訳だが、良い天候の日で良かった。

 そして七夕といえば、今話題の仮面ライダー電王の新ライダー「ゼロノス」も「夏の大三角形」がモチーフなので、織姫と彦星のベガとアルタイルがフォームの名称として使われているのだが、今日は特に七夕という事での活躍は無く残念だった。

 七夕といえば忘れてはならない作品があるが・・・そう、ウルトラマンエースの北斗と南の誕生日が7月7日で、さらに言えば円谷英二の誕生日は長年7月7日と言われていたが実は7月10日だったという・・・ボケはやめておきましょうね(^^;

(勿論エースも円谷特技監督も重要ですけど。)

 涼宮ハルヒシリーズの第二期アニメシリーズが作られるらしいという話はそれはもう去年の終わりから今年に入って、ずっと言われ続けていた事だ。

 製作の京都アニメーションのスケジュール的な問題で、角川としてはすぐにでも新アニメシリーズをやりたい所だがなかなか時期が決まらない。だが反響のある内に始めたいので2007年の秋かららしい・・・みたいな情報が流れていたのは有名な話。

 じゃあ、もし二期が決まったとして「いつ発表されるのか?」が焦点だった訳だが、一番可能性が高いし効果が大きいと思われたイベント「涼宮ハルヒの激奏」でも発表されなかったので、今年はやらないのではないか・・・と多くのファンは考えていた。

 京都アニメーションは4月から「らき☆すた」を製作中だし、秋からはKANONに続くKeyの作品「クラナド」の製作をする事が決まっていた為、どう見ても年内中に作るのは難しいと考えざるを得なかった。(京都アニメーションは2ライン以上の製作体制を持っている会社では無かったのでそういう憶測がなされた。)

 しかし、7月7日である。

 ハルヒシリーズにとって特別な日である事はファンならば周知の事実だ。

 そして最近ハルヒのゲーム化の情報が出ていた所でもあった。PS2だけでなくPSPやWiiでも発売されるという。特にPS2版は来年初頭に発売予定とあった。

「何かあるな・・・」

と、ファンは皆思っていたに違いない。

 そして昨日の朝日新聞一面広告での発表と来たのだからファンは堪らない。

 第二期シリーズ製作決定の報を、わざわざこの日に選んだ訳だ。

 となると新シリーズがどんな話になるかはもう明白といっても差し支えなかろう。

 ある意味シリーズ最高傑作である、第4巻がメインのシリーズになるのは間違いあるまい。その為に「七夕ラプソディ」を映像化しないで取っておいた訳だから。

 という事は、マックスファクトリーから朝倉涼子のフィギュアが9月に発売されるのもそれを見越したからなのか?

 とは言え、第二期を作るのが判明しただけで「いつから放送される」かは全く触れられていないのはポイントではあるな。

 ただ、京都アニメーションが人員補強を春に行っていたという情報も出ているし、(ハルヒシリーズや、一連のKeyのシリーズで高い収益をあげられただけに)2ライン体制に移行するらしいとの噂もある。

 秋にスタートすると第4巻の時系列に近い形で放送できるので良いのだが、戦略的にはゲームなどの発売で盛り上がっている中で堂々登場という事で来年春が有利にも思えるのだが実際にはどうなる事だろう。

 ハルヒシリーズも未だに高い人気を誇っているが、確かに話題性が若干落ちていた状況だけに、ここでの発表はなかなか巧い戦略だと思う。

 10日のアニメ雑誌での正式な情報が楽しみだ。

 と、同時に「秋からの新ガンダムは半年の放送で、半年の休止期間をおいてからまた続きを放送する」との情報を得た。

 ガンダムSEEDシリーズが一年の休止期間をおいて続編シリーズを作り、その休止期間の間も作品人気の余波を利用して商品展開し成功した事も受けての新戦略なのだろうか。製作スケジュールの破綻も防げるし一挙両得という所か。

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『涼宮ハルヒ』なんていらない?

 おいおい昨日の続きはどうなったんだ?と思われる方も居る事だろう。

 これは『孤島症候群 前後編』の間に入った『ミステリックサイン』みたいな物なんですよ、と『涼宮ハルヒの憂鬱』アニメ版をリアルタイムで見ていた方々以外に解らない書き方をしてみる。

 急に『涼宮ハルヒ』シリーズの事を書きたくなったのでこの様な構成にしてみた。

 『ハルヒ』シリーズを知らない方には何がなんだかという文章になるかもしれないのであしからず。

 『作品を読んでもらうには?その2』はこのエントリの後に書くのでそんなに引っ張る積もりは無い。

(「公式には『灼眼のシャナ』には有って『涼宮ハルヒの憂鬱』に無い物」を利用するという話を「その2」のエントリに書く事になる。)

 エントリのタイトルは、別に『アンチハルヒ』をやってブログ炎上を狙っているとかいう訳ではない。(そうなったら楽しいかもしれないなと不謹慎な事はちょっと考えたが)

 シリーズ第四巻の「涼宮ハルヒの消失」に関しての賛辞を自分が持っている事、そして、角川書店が発行しているスニーカー文庫や、ザ・スニーカーに『涼宮ハルヒ』は二つも要らないという意味を込めてある。

 スニーカー大賞、というか自分が認識していた過去のスニーカー文庫の傾向は、もっとファンタジー寄りな印象だったので(古くはロードス島戦記や、一連のあかほりさとる氏の作品など、そういった物。スレイヤーズもスニーカー文庫だったかな。(※『スレイヤーズ』は富士見ファンタジア文庫の看板作品でした。2007年7月21日訂正)『ハルヒ』が角川スニーカー文庫の作品である事はかなり意外だった。

 『ハルヒ』シリーズはSFファンタジー的なギミックを極力使わない様にして、その上でSFチックな世界を形成しているという作品だ。

 この説明もちと正しくないか。『学園を舞台にした、SFやファンタジーの本来の形に回帰した作品』と書くとしっくりくるのかもしれない。

 異世界、魔法が出てくればファンタジー、宇宙人、宇宙船、アンドロイドが出てきたらSF。

 そんな訳じゃないのは解っているのだがどこか麻痺していたかなあと『ハルヒ』を読んでしみじみと感じた。

 『ハルヒ』は学園物としても充分面白いのだが、それにプラスアルファした要素がさらに作品を面白くしているのだと思う。

(この点は富士見ファンタジア文庫の『フルメタルパニック』シリーズ等にも言える事なのだろう。自分はアニメ版しか知らないので偉そうに言えないのだが。)

 ・キャラクターが非常に個性的で、キャラを追っているだけでも楽しめる。

 ・学園物としても、学校や登場人物達の周辺で起こるエピソードが面白い。

 ・SF的ギミックが、物語を展開させるにあたって大変有効に働いている。(この辺りは特に、第一巻のクライマックスや『笹の葉ラプソディ』、第四巻の『消失』を読んだ方には同意して頂ける事と思う。)

 これだけの事をやっているだけでも凄いのだが、これらの点だけならば先に挙げた『フルメタルパニック』等を始めとして、高水準の作品は他にも有る筈だ。

 では、何故『涼宮ハルヒ』シリーズに突出して惹かれる物が有るのか?と考えてみた。 

 それは第一巻『涼宮ハルヒの憂鬱』の冒頭や第四巻『消失』での、主人公たるキョン君の言葉の中にある。

 ライトノベルとかアニメとか漫画とか・・・敢えて、全てひっくるめて「幻想ジャンル」の作品達と言おう、そういった物を捨てきれない気持ち。そういった物が未だに好きである気持ち、そういったことがら。

 ハルヒやキョン君は、未だにそういう気持ちを捨てきれないでいる人間である事が作品を読んでいると良く解る。自分は『この二人は同じ穴のムジナだ』と思っている。

 こういった部分は、おそらくライトノベルの読者も似たような心情なのではないかと思う。

 自分も、『ハルヒやキョン君と同じだ。』と思えた事。

 すなわち『消失』に措いてのキョン君の独白に対しての読者としての答え

『キョン、俺と代われ』という事。

 『ハルヒ』シリーズを通して、谷川流という作家に「幻想ジャンル」への深い愛を感じた。

(当然、キョン君は作者の考えが大きく反映されていると思うので、彼に感情移入を深く出来るという事は、谷川氏も僕らのお仲間なのだなと思ってしまう。キョン君は明らかに一般人以上に映画や小説ジャンルに詳しい。)

 自分が『ハルヒ』シリーズに関心を持って読み進む事になったのは昨年なのだが、それまでこの作品を知らなかった事に関して、大変不勉強で恥じ入るべき事だとしみじみ思う。やはり、スニーカー『大賞』を取った作品である事は伊達じゃなかった。

 角川スニーカー大賞に応募するという事は、この作品とも互角以上の戦いをしなければならない訳で、昨年の応募者の方々には正直同情してしまう。

 それだけに今年発表される『入賞作』がどんな作品なのか楽しみでしょうがない。

 自分もスニーカー大賞に応募するとなれば、先に書いたように『涼宮ハルヒ』は同じ場所に2人も要らない事を忘れてはならない。

 『ハルヒ』シリーズのどこが面白いのか、良かったのか、研究する必要が有るとも思うので、『ハルヒ』エントリはこの後も何度か書いてみる事にしよう。今回は観念的に過ぎる書き込みになった事も反省して。

 『作品を読んでもらうには?その2』はこの後すぐ(笑)

 

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