僕たちの洗脳社会 その2
自分が小学生の時に「みんなと仲良くしよう」「人に迷惑をかけないようにしよう」「みんなに親切にしよう」等々…その様に習ったはずだ。
だが、実態の社会は「いじめ問題」が深刻化するような社会である。
たばこを吸わない人間の偏重な見解である事を承知で書かせてもらうと、喫煙はあらゆる迷惑行為の塊の様な物なのに平気でやっている成人が大半で、それも仕事中にも平気で喫煙をするという方が大半だ。その上、その行為は社会的に認められているという。
偏見を承知で書かせて貰うと、「自分の快楽の為に他人を巻き込む上に、害を与える行為」なので、言い方は極端だが「悪の行為」その物じゃないかと表現できる。
かと言って、喫煙者が問題のある方しか居ないのかと言うと、そうではない。
素晴らしい人格者の中でもタバコを嗜む方はいらっしゃる。
こう考えると、本当に教育で洗脳が可能なのか自分は解からなくなってくる。
いや、局地的に「この相手をこの様にしよう」と洗脳できるのかも知れない。
確かにカルト宗教団体がそういう方法に成功していた例が有ったのも事実だ。
だが、その典型である、親子間のしつけや教育が思い通りにならない所を見ると、それに関しても疑問を抱かざるを得ない。
洗脳という事なら、日本国民は特に「マスコミの誘導」に弱いと感じる事は多い。
テレビでこう言っていたとか、流行だからとか、自分の判断では無く、そういったマスコミで作られた世論に左右されている方が多いのではないか。
自分としては、ジェームス・スキナー氏の言われていた「痛みと快楽の法則」が全てじゃないかと思うしかない。
彼が言うように「成功に繋がる行為をする事に快感を覚える」関連付けをするしかない。
自分に取っての成功が何か解からない、もしくは決めていない方は、目の前の刹那的な快楽と痛みへの判断に終始するしかない。
結果「楽して得したい。損したくない。」人間の出来上がりと結果になる。
確かなのは、楽に手に入る快感は、実は大して有効性が無かったり、継続性が薄いという事だ。
自分の欲しい快感は果たしてどんな物なのか…それを見極める必要が有るのかも知れない。
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