ジェームス・スキナー氏が言うには
「人間の行動の動機は『痛みを避けて快楽を求める』事につきる」そうだ。
ヒットラーとマザーテレサのような、一見異なる動機で行動していたこの二人の動機もこの原則に基づくのだ。
つまり、何に痛みを感じて、何に快楽や快感を感じるのかと言う事が重要な訳だ。
その違いが、ヒットラーとマザーテレサの違いを生んだという事なのか。
かたや民族浄化に快感を感じ、かたや奉仕の精神で行動することに快感を感じるという、そういった違いなのだろう。
これは何を示しているかというと、自分の人生に成功をもたらす事に対して快感を感じるように自分が行動を選べば、自ずから成功に近づいていく事なのだ。
何に痛みを感じて何に快感を感じるかを、意識的に選ぶ事をしていない方が多い。
だから、成功する方と失敗する方がそれぞれ生まれているということなのだろう。
例えば、タバコを吸うことは、その場では快感を感じるかもしれないが、それが原因で肺ガンを始めとする大病になる可能性をもたらすので、結果的には痛みに感じる事だとも言える。
ここで、吸う事で得られる快楽と、吸わない事で得られる快楽とどちらが良いかという選択になる。
この例で理解できると思うが、痛みと感じる事と快楽を感じる事は、自分で意識して選択する事が出来ると言う事だ。
意識しなければ、その場の流れでそういった基準が決まっていく。
つまり、安易に快楽を得られる方法を選ぶ事は、自分の今後の人生の成功に繋がるとは限らないので、それを意識して行動せよという事だ。
だからこそ、自分の目標や目的が決まっていないと、そういった選択をする事が出来ないのである。
成功哲学を始めとする、成功に関しての本に「自分の目標や目的を決める」事を最初にせよと書かれているのは、この点が有るからなのだと今更ながら思う。
それが決まっていなければ、安易に手に入る快楽を優先的に求めてしまうのは明らかだからだ。
自分が果たしたい事、それが人生の中での選択の基準になるという事なのだろう。
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